ウィルコムの歴史
最終更新日 : 2006-12-26
現ウィルコムの前身「DDIポケット」は1994年7月に、株式会社ディーディーアイポケット企画設立。同年、北海道から九州まで全国をカバーするDDIポケット電話株式会社が設立。翌年の1995年からサービスが開始される。
殷賑期
出力の高い基地局を整備したのは他社競合の苦肉の策とされているが、それ故、独自の通信網の設備が進んだ。エリア拡大も早く、全国の主要地域をカバー。
1995年頃から、それまで若者たちの主コミュニケーション・ツールだったポケットベルにPHSが取って代わる。文字送信システム「Pメール」は最大20文字しか送受信できなかったが、絵文字なども使用できた為、PHSは「ピッチ」という愛称で若年層を中心に急速に拡大する。
※) 事実、私が高校生の頃、クラスのほとんどがPHS所持者か持っていないかのどちらかだった。
1996〜1997年後半、PHS全体の契約数は700万台を突破。PHS各社はサービス事業の最盛期を謳歌した。
衰退期
本体価格・基本料金・市内通話料金などで携帯電話との競争で優位に立っていたDDIポケットだったが、携帯各社との値下げ競争もあり、そのメリットは確実に縮まりはじめる。またPHSは、携帯電話との相互通話ができない問題も抱えていた。
相互通話も開始されるが、料金が高額であったこと、利用者が携帯電話へ移住を始めたことも相成って、ユーザー拡大への起爆剤とはならなかった。1997年後半、PHSの契約者数は減少に転じる。僅か数年の短命王朝だった。
この頃、DDIポケットが送り出したH"(エッジ)は携帯電話より機能面で圧倒的に優れていたものの、浸透することはなかった。主要ユーザー層が求めていたサービスと、提供されるものが相容れなかったことが原因とされているが、投入時期のズレも絡んでくるように思える。
攻勢・転生
2001年6月、DDIポケットは携帯各社との差別化を図るべく、エアーエッジ(AIR-EDGE、旧AirH")を投入。データ通信への特化事業を拡大し始める。通信速度も順次引き上げられ、新たなのユーザー層の獲得に繋がった。
当時、急速に進んでたモバイル端末(ラップトップ型コンピュータなど)の小型化も追風となる。
2004年5月に京セラから発売されたAIR-EDGE PHONE端末「AH-K3001V」は国内で発売された携帯電話・PHSとしては初めてフルブラウザを搭載し、大ヒットとなる。愛称・「京ぽん」として親しまれ、メインストリームである音声通話サービスでのユーザー獲得へと繋がった。

2004年6月、投資会社カーライル・グループによる買収が発表され、同年新たな資本構成でDDIポケッ会社が発足。翌年の2月、商号を株式会社ウィルコムへ変更
外資系投資会社に買収されたことにより、KDDIの影響力が激減。携帯各社への遠慮が消えたウィルコムは刺激的な広告活動を開始。2005年12月、90年代を越える契約者数を記録、翌年5月には400万件を突破、現在も増加中。
年表
一部、Wikipedia項からの抜粋。
会社概要
| 社名 | 株式会社ウィルコム WILLCOM,Inc |
| 設立 | 1994年11月1日 社名変更は2005年2月2日 |
| 本社所在地 | 東京都港区虎ノ門三丁目4番7号 |
| 資本金 | 50億円 |
| 代表取締役社長 | 八剱 洋一郎 |
| 事業内容 | PHS通信網を利用した音声・データ通信サービス.他 |
| 資本構成 | カーライルグループ : 60% 京セラ株式会社 : 30% KDDI株式会社 : 10% |
ウィルコムの株式上場
2006年4月に株式上場の準備に入ったと報道された。上場先は東京証券取引所が最有力で、早くとも2008年度中の上場を計画しているという。
